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静岡地方裁判所 昭和51年(ワ)124号 判決

原告

芝田勇次

ほか四名

被告

斉藤久子

ほか三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告斉藤久子は、原告芝田勇次に対し金七五万〇七八一円、同芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏に対し各金五五万六〇七六円、同河原崎つぎに対し金一六万六六六七円及び右各金員に対する昭和五一年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告斉藤恭一、同斉藤嘉彦、同斉藤友子は各自、原告芝田勇次に対し年五〇万〇五二一円、同芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏に対し各金三七万〇七一八円、同河原崎つぎに対し金一一万一一一一円及び右各金員に対する昭和五一年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告芝田勇次は訴外亡芝田かず江(以下「亡かず江」と略称する。)の夫であり、原告芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏は原告芝田勇次と亡かず江との子であり原告河原崎つぎは亡かず江の母である。

(二)  被告斉藤久子は訴外亡斉藤一恵(以下「亡一恵」と略称する。)の妻であり、被告斉藤恭一、同斉藤嘉彦、同斉藤友子は被告久子と亡一恵との子である。

2  昭和四九年七月一四日午後五時一五分頃、静岡県小笠郡浜岡町下朝比奈一、二七七番地の四先交差点において亡一恵の運転する普通貨物自動車(浜松四四も八五五六号)(以下「被告車」という。)と亡かず江の運転する原動機付自転車(以下「原告車」という。)が衝突し、亡かず江は右事故による負傷によつて同年七月二四日死亡した。

3  亡一恵は被告車を保有し、これを運行の用に供していた。

4  本件事故により、亡かず江及び原告らは、以下の損害を蒙つた。

(一) 亡かず江の損害

(1) 入院治療費 三八万五三七八円

(2) 附添費 二万二〇〇〇円

(3) 入院諸雑費 五五〇〇円

(4) 休業損害 二万六九六一円

亡かず江は本件事故発生の日である七月一四日から死亡した七月二四日までの一一日間、榛原総合病院に入院して治療を受けた。同女は、昭和六年一一月二〇日生れの事故当時四二歳の健康な女性で農業と家事に従事していたのであるから、その収入は少なくとも四三歳の女子平均給与月額七万三五二八円を下らない。従つて同女は入院中稼働し得なかつたことにより、月額七万三五二八円の一一日分である二万六九六一円の収入を失つた。

(5) 逸失利益 九八四万七五七二円

亡かず江は、今後二四年間は稼働可能であつたから、月収七万三五二八円、生活費三〇%として今後二四年間の得べかりし利益の現在価をホフマン式計算法により算出すると、九八四万七五七二円となる。

(6) 慰藉料 五万五〇〇〇円

亡かず江の入院中の苦痛に対する慰藉料としては五万五〇〇〇円が相当である。

(二) 原告芝田勇次の財産的損害

葬祭費 八〇万円

(三) 原告らの精神的損害

亡かず江の死亡に伴う原告らの慰藉料は、それぞれ次の額を下らない。

(1) 原告芝田勇次 二〇〇万円

(2) 原告芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏 各一五〇万円

(3) 原告河原崎つぎ 五〇万円

5  損害の填補

原告らは自動車損害賠償責任保険から金一〇三八万五三七八円を受領したので、これを前記原告芝田勇次の財産的損害と亡かず江の損害(ただし逸失利益についてはその一部)とに充当した。

6  右逸失利益の残額七五万七〇三三円については、芝田勇次、同原告芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏が法定相続分の割合によつて相続した。従つて原告らの損害賠償債権額は、原告芝町勇次金二二五万二三四四円、同芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏各金一六六万八二二九円、同河原崎つぎ金五〇万円となる。

7  亡一恵は昭和五二年一月一六日死亡し、被告らは亡一恵の原告らに対する右損害賠償債務を法定相続分の割合によつて相続した。

8  よつて、原告芝田勇次は、被告斉藤久子に対し金七五万〇七八一円、同斉藤恭一、同斉藤嘉彦、同斉藤友子に対し各自金五〇万〇五二一円、原告芝田紀夫、同芝田佳行、同芝田敏はそれぞれ、被告斉藤久子に対し金五五万六〇七六円、同斉藤恭一、同斉藤嘉彦、同斉藤友子に対し各自金三七万〇七一八円、原告河原崎つぎは、被告斉藤久子に対し金一六万六六六七円、同斉藤恭一、同斉藤嘉彦、同斉藤友子に対し各自金一一万一一一一円及び右各金員に対する不法行為の日の後である昭和五一年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2、3の事実は、いずれもこれを認める。

2  同4の事実は争う。

3  同5の事実のうち、自動車損害賠償責任保険から支払われた金額は抗弁3のとおり金一〇四三万八八七八円である。

4  同6の事実は争う。

5  同7の事実のうち、亡一恵が原告主張の日時に死亡したことは認め、その余は争う。

6  同8の事実は争う。

三  抗弁

1(一)  本件事故は交通整理の行われていない交差点における出合いがしらの衝突事故であるが、被告車進行道路は右交差点において中央線が設けられている優先道路であり、原告車進行道路は道路標識によつて一時停止すべきことが指定され、交差点手前に一時停止線が設けられている。亡一恵は被告車を運転し毎時約三〇キロメートルの速度で右交差点にさしかかつたところ、亡かず江の運転する原告車が一時停止せずに交差点に進入して来るのを発見したので衝突を避けるため直ちに急制動をかけたが及ばず遂に衝突したものである。

従つて、本件事故はもつぱら亡かず江の過失により惹起されたものであり、亡一恵に過失はない。

(二)  被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

2  仮に亡一恵の免責が認められないとしても、右のとおり亡かず江に過失があるので、過失相殺を主張する。

3  自動車損害賠償責任保険からの給付額は一〇四三万八八七八円である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実のうち、被告車の速度が時速約三〇キロメートルであつたこと、原告車が一時停止をしなかつたことはいずれも否認し、本件事故がもつぱら亡かず江の過失により惹起されたものであり亡一恵に過失がないとの点は争い、その余は認める。

本件事故は、亡一恵が前方不注視のまま猛スピードで被告車を運転し交差点に進入したことにより生じたものである。

2  同2の事実は争う。

3  同3の事実の給付金額は請求原因5記載のとおり金一〇三八万五三七八円である。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実中、原告ら主張の日時、場所において、亡一恵の運転する被告車と亡かず江の運転する原告車とが衝突しこれがため亡かず江が死亡するに至つたこと、亡一恵が被告車を保有し、これを運行の用に供していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告ら主張の亡一恵の免責事由の有無について判断する。

1  本件事故は交通整理の行われていない交差点における出合いがしらの衝突事故で、被告車進行道路は右交差点において中央線が設けられている優先道路であり、原告車進行道路は道路標識によつて一時停止すべきことが指定され、右交差点直前に一時停止線が設けられていることは、当事者間に争いがない。

2  成立に争いがない乙第一号証の一ないし三、本件交通事故現場を事故当日撮影した写真であることに争いがない乙第二号証の一ないし六、証人知地理勝良、同山本博の各証言を総合すると、本件事故現場は南北に通じる幅員約五・七メートルの県道浜岡菊川線と東北東から西南西に通じる幅員約四・二メートルの町道とが交差する変型十字路交差点で、交差点北西角には人家がありその周囲には高さ約三メートルの樹木が生立し見とおしを妨げていること、亡一恵が被告車を運転して右県道を北から南に向かつて時速約三六キロメートルで進行し、右交差点近く(衝突地点手前一六・七メートルの位置)までさしかかつたところ、被告車進行方向右側町道から交差点に進入して来た原告車を右前方約二一・三メートルの地点(衝突地点まで六・九メートルの位置)に発見したので直ちに急制動をかけたが間に合わず、被告車の右前部と原告車とが衝突したこと、原告車は少なくとも時速約一九キロメートルの速度で一時停止することなく交差点に進入したことがそれぞれ認められる。

右認定事実のうち、被告車の速度、原告車の一時停止の有無は双方の過失の有無を判断するについて重要な点であるので、右認定の理由を以下に詳述する。

(一)  被告車の速度

前掲乙第一号証の三の「交通事故現場見取図」には、被告車のスリツプ痕は左右六・七メートルとあり、それが果たしてスリツプ痕の全長であるのかそれとも一部の長さであるのか必ずしも判然としないが、右図面上の他の距離表示との比較及び「スリツプ左右六・七メートル」という記載の位置を合せ考えると、スリツプ開始地点から衝突地点とされた右図面上の〈×〉までの長さと推認される。

同書証と前掲乙第二号証の三、四を総合すると、被告車のスリツプ痕は衝突後、前輪のスリツプ痕と後輪のそれとが分離し、前輪のものは衝突前の被告車進行方向からやや左前方へ約二・八メートル(前記交通事故現場見取図によれば〈×〉から運転者の位置と考えられる〈B〉まで二・三メートルとありスリツプ痕は〈B〉からさらに〇・五メートルほど先まで続いていることよりこれを認めた。)進み、後輪のものは従前どおりの方向へ約〇・八メートル(前掲乙第二号証の六により被告車のホイールベースの長さを約二メートルと推認し、これを右二・八メートルから差し引くことによつて算出した。)進んでいることが認められる。

スリツプ痕の開始地点は後輪のものと考えられるから結局、後輪のスリツプ痕の全長は、スリツプ痕開始地点から前記〈×〉地点までの六・七メートルと右〇・八メートルとの和七・五メートルとなる。四輪車では、前輪も後輪と同時にスリツプするのでこの値は、被告車の各車輪のスリツプ痕の長さとなる。

被告車の速度は右スリツプ痕の長さから

の式を用いて概ね推認することができる。

もつとも、衝突による速度の減殺という点も考慮する必要はあるが、原告車が被告車に対し横に近い方向から衝突しかつ原告車は原動機付自転車で被告車は普通貨物自動車でその重量比は一対一〇程度と考えられるので、衝突による被告車の速度の減殺の程度はこの場合無視してよいものと思われる。

前掲乙第一号証の一、同乙第二号証の一ないし六によれば本件事故現場の路面は平坦で乾燥したアスフアルト舗装面であること、被告車の制動装置に異状はなく、またタイヤの摩耗もないことがそれぞれ認められ、従つて前記式を用いて速度を算出することにさほどの不合理性はない。

そこで、乾燥したアスフアルト舗装路面の摩擦係数〇・七、各車輪のスリツプ痕の長さ七・五メートルを右式に代入すると、被告車の速度は時速約三六キロメートルになる。

前掲乙第一号証の三によれば、亡一恵が原告車を発見した地点からスリツプ痕の開始地点までの距離は約一〇メートルである。時速三六キロメートルで一〇メートル進むには一秒を要するが、通常、運転者が危険を発見してからブレーキが完全に能力を発揮してタイヤがスリツプし始めるまでに一秒を要することに照し、前記算出の被告車の速度毎時三六キロメートルというのは、ほぼ正確なものと考えられるのである。

(二)  原告車の一時停止の有無

前掲乙第一号証の三によれば、事故現場に残された原告車のスリツプ痕の長さは四メートルであることが認められる。通常、二輪車の場合は前輪に急制動をかけると転倒の危険があるので後輪にのみ急制動をかける場合があるので、右スリツプ痕が前後輪のスリツプ痕が重なつて一条になつたものであるか、後輪だけのスリツプ痕であるか定かでない。そこで、両ケースについてスリツプ痕の長さを手がかりに原告車の速度を算出してみる(ただし、原告車は被告車よりもはるかに軽量でありかつ衝突によつて被告車の進行方向をやや左へ、すなわち原告車進行方向へとそらせていることから、衝突による速度の減殺は原告車の場合無視し得ず、従つて、算出値は原告車の速度の最低を画すものである。)。

(1) 前後輪ともスリツプした場合

実際のスリツプ距離は前記四メートルから原告車のホイールベースの長さ約一メートルを差し引いた約三メートルとなる。これを

の式に代入すると原告車の速度は毎時約二三キロメートルとなる。

(2) 後輪だけスリツプした場合

この場合の算出式は

となり、これにスリツプ痕の長さ四メートルを代入すると、原告車の速度は毎特約一九キロメートルとなる。

以上のとおり、スリツプ開始前の原告車の速度は少なくとも毎時約一九キロメートルであつたことが認められる。

そこで、原告車の速度を毎時約一九キロメートルとして、原告車が一時停止をしたか否かについて考察する。

前掲乙第一号証の三によれば、原告車の交差点進入方向手前にある一時停止線から衝突地点までの距離は九・九メートルであることが認められる。右九・九メートルからスリツプ痕四メートルを差し引くと五・九メートルとなる。(本来ならば、後輪のスリツプ痕の終点から衝突地点までの距離を右五・九メートルから差し引くべきであるがその点はひとまず捨象して考える。)原告車が一時停止線で一時停止をしたとすれば、原告車は右五・九メートルの区間において、時速約一九キロメートルにまで加速し急制動によつて後輪がスリツプし始めたことになる。通常運転者が危険を発見しアクセルを戻してから、急制動をかけ車輪がスリツプを始めるまでに少なくとも約〇・五秒かかるので、これを原告車の場合にも適用して、〇・五秒間に何メートル進むかを算出すると、時速約一九キロメートルであるから、約二・六メートルになる。これを前記五・九メートルから差し引くと約三・三メートルとなり、原告車は右三・三メートルの区間において速度ゼロの停止状態から毎時約一九キロメートルにまで加速したことになるはずである。それは可能であろうか。自動車の可能な加速度の上限は次の式で求められる。

(加速度(m/秒2)=1/2×路面の摩擦係数×9.80(重力の加速度)

これに路面の摩擦係数〇・七を代入して、原告車の可能な最大の加速度を求めると毎秒毎秒約三・四メートルになる。右加速度で前記三・三メートルを走つた時の速度を算出すると(式

時速約一七キロメートルとなるが、右加速度は可能な加速度の上限であり、実際にはそこまで加速することは極めて困難であることを考えると、右算出の速度はより小さくなり、結局、原告車が停止状態から三・三メートルの区間で時速約一九キロメートルにまで加速することは殆ど不可能ということができる(前述のスリツプ痕の終点から衝突地点までの距離をマイナスすれば、不可能の度合はより強い)。従つて原告車は一時停止線において停止することなく、交差点に進入したものと認めるのが相当である。右の認定は、原告車が一時停止をすることなく前記交差点に進入するのを目撃したとする証人山本博の証言とも一致し、右証言によつてその裏付がなされているということができる。

3  以上の当事者間に争いがない事実及び前記認定事実に基づき、双方運転者の過失の有無を考察する。

(一)  被告車の運転者である亡一恵は、優先道路である県道を進行していたのであるから、交通整理の行われていない本件交差点の右側の見とおしが悪くとも、道路交通法第四二条による徐行義務を負わない(最判昭和四五年一月二七日民集二四巻一号五六頁)ものと解すべく、しかも本件交差点の交通量が閑散であつた(前掲二第一号証の一によりこれを認める)ことを考慮すれば、同人が時速約三六キロメートルで本件交差点に進入しようとしたことは、そのこと自体同人に過失があつたとすることはできない。

又、同人が原告車を発見したときの双方の位置及び交差点右側の見とおし状況を合せ考えると、同人は、原告車を発見しうる最初の時点においてこれを発見したものと認められるので、前方不注視の過失もなく、衝突を回避すべく急制動をかけた措置も適切と認められ、結局、同人には本件事故の発生につき過失がなかつたものとするのが相当である。

(二)  一方、原告車の運転者である亡かず江は、交差点の手前に一時停止の標識が設けられていたのであるから、交差点直前の一時停止線において停止すべき義務(道路交通法第四三条)があり、又交差道路が優先道路であるから、被告車の進行を妨げてはならない義務(道路交通法第三六条第二項)があるにもかかわらず、そのいずれの義務も尽さず、本件交差点に進入した過失があり、本件事故はもつぱら同女の右過失によつて惹起されたものということができる。

4  なお、被告車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたとの抗弁事実は、原告らにおいて明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

三  以上のとおり、被告らの免責事由の主張は理由があるからその余の点の判断をまつまでもなく、原告らの本訴請求は失当であるので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登)

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